シニフィエとシニフィアン 〜群馬県民にとっての「東京の玄関」〜

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101345805/petitecerise-22/ref=nosimを読んでいたら、都電がなくなって地下鉄になったことで、たとえば「半蔵門」という「シニフィアンシニフィエの同一性を日常的に認識することはできなくなった」(同書p.188)、という記述があって、ふと、「練馬と上野問題」を想起したのです。

群馬県から東京に出るときは、ふつうは車か電車、その玄関口は車であれば(関越道で)練馬、電車であれば(高崎線で)上野です(少なくとも私が子どもの頃は、新幹線も上野までしか行かなかったのです!)。
東京に出てくるまではまあそんなもんかなーと思っていたわけですが、東京に出てくると、車は当然持ってないので電車で移動、地図のデフォルトは路線図(そして往々にして地下鉄のそれ)。路線図で見ると、上野がやや右上にあるのはいいとして、練馬なんて左上の隅っこにぽつんと、私が東京に出てきた頃は「12号線」の駅として書いてあるだけだったのです。
「え、練馬ってそんなに東京のはじっこなの!?」とびっくりしたのですが、たしかに東京に出てきてかれこれ10年あまり、練馬って、陸自の広報施設くらいしか行った覚えがありません(もっと言えば、あれはもはや朝霞市なのだけど)。
群馬からしてみると、東京というシニフィエと練馬・上野というシニフィアンが一致していたわけなのですが、東京に住んでみると、上野は東京のシニフィアンになるかもしれないけど、練馬がシニフィアンになるという事態はいささか想像しにくいものがあります。

シニフィエシニフィアンというとちょっと大袈裟ですが(そもそもソシュールすらよく知らないのにね)、東京の地図でも同じ話が言えるような気がするのです。
つまり、車を持っていない都民が日本橋から巣鴨までどう車で移動できるかわかるか、逆にいつも環八通りを通過している都外の人が練馬から高井戸までどう電車で行けばいいのか、咄嗟にわかるでしょうか。
道路地図と鉄道路線図は相当違うわけで、「車から見た東京のネットワーク」と「鉄道から見た東京のネットワーク」ってかなり異なると思うのです。おそらく、都電全盛期にはある程度一致していたのでしょうけれど。

半蔵門の話に戻ると、半蔵門駅を知っている人、通過する人は多いでしょうが、果たしてそのうち本物の半蔵門を見たことがある人がどのくらいいるでしょうか。半蔵門駅四ッ谷駅はけっこう近いって、考えてみたことありますか?
路線図と道路地図を重ね合わせるって案外難しいのですが、重ねてみると「ここってバスで行った方がよっぽど早いじゃん!」なんて発見もあったりして、けっこう楽しいのです。

…と、酔いにまかせて書いたけどオチがないですね。雑談エントリなのでお許しいただきたく。