大学の懲戒規定と懲戒権

若干機を逸した感はありますが、記録として残しておいてもいいかなと思ったのでFacebookに書いたものをそれなりに改稿の上、こちらに置いておきます。
『朝霞市少女誘拐事件の容疑者が「卒業取消」処分へ』を学則から考える - 社畜が大手大学職員に転職したブログですでに触れられているので、もういいかなーとも思ったんですけど、それでもやっぱり大学側の対応に疑義なしとしないので…

埼玉少女誘拐事件の容疑者に対する千葉大の対応が議論になっていますが(推定無罪の話については当然のものとしてとりあえず措いておきます)、そもそも教育機関における懲戒の意義ってなんなのでしょうね。

教育機関に関する懲戒について、関係法令を引くと(一部省略)、

校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる*1

校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。
○2 懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。
○3 前項の退学は…次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。
一  性行不良で改善の見込がないと認められる者
二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者
三  正当の理由がなくて出席常でない者
四  学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者
○4 第二項の停学は、学齢児童又は学齢生徒に対しては、行うことができない。
○5 学長は、学生に対する第二項の退学、停学及び訓告の処分の手続を定めなければならない。*2

としているので、教育上必要であること*3は要件なのでしょうけれど、非違行為者*4に対して退学(ないしそれ以下の懲戒)を加えることについては「校長」(大学でいえば学長)の権限として認められている、と言えそうです。

ところで今回の件は、卒業間際というか卒業直後というかに問題が発覚した*5という点が自体をややこしくしています。慶應の大屋先生の下記ツイートもご参照(なお、大屋先生がこのツイートに続けて一通り分析していらっしゃいますので、ご興味あらばそちらもご参照ください)。

さて、千葉大のケースでどうかというと、学則49条3項および工学部規程16条に下記の規定があります。

卒業の認定は,学年又は学期の終わりに,当該学部の教授会の意見を聴いて,学長が行う。

本学部に4年(本学部に転部した学生にあっては,当該転部までの在学期間を含む。)以上在学し,卒業の要件として修得すべき単位を修得した者には,卒業の認定を行う。

他方、学則73条とそれを受けた千葉大学学生の懲戒に関する規程では以下のように規定しています。

本学の規則に違反する行為又は学生としての本分に反する行為があった者は,学長が懲戒する。
2 懲戒の種類は,戒告,停学及び放学とする。

第3条 学生が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合は,停学を命じることができ(る)。
二 学内又は学外において重大な非違行為を行った場合
三 本学の規則等又は命令に違反する行為を行った場合で,悪質と判断された場合
第4条 学生が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合は,放学を命じることができる。
四 学内又は学外において重大な非違行為を行った場合で,特に悪質と判断された場合
六 その他学生としての本分に著しく反した者*6

学位授与権というのは大学の裁量と言ってよいと思うのですが、ここで卒業認定について、規定に存在しない事由に基づいて、少なくとも外形的には卒業要件を満たしている学生に対し、卒業を取り消しないし留保することが果たして可能なのか、という疑問が生じます。憲法とかではないので、規定にない不利益処分をすることが絶対的に不可能とまでは思いませんが、一方で身分に重要な異動を生じる不利益変更であるので、学長の裁量権もある程度の制約を受けると解するのが相当なのではないでしょうか。直接の身分関係に及ばない範囲であれば大学の裁量権の範囲内、身分事項に影響する範囲では裁量ではありつつも、濫用の有無については司法審査に服するといったあたりなのかなあとは思います。
もちろん、適法に行われた懲戒の結果、卒業前に退学になるのであれば全く問題ないでしょうし、卒業(認定)の時点で懲戒について審査中であるので、卒業認定はいったん留保するということであれば、明文の規定がないにしても相応の理由があるとはどうにか言えそうです。

一方、事後の学位取り消しについて、学位規程21条では次のとおり、学士学位の取り消しについては規定がありません(なお、関係規定を読む限り、「卒業=学士学位授与」です)。

修士若しくは博士の学位又は専門職学位を授与された者が,その名誉を汚辱する行為があったとき,又は不正の方法により修士若しくは博士の学位又は専門職学位の授与を受けた事実が判明したときは,学長は,教授会の意見を聴いて,学位の授与を取り消し,学位記を還付させることがある。

上記のグレーさからいうと、被疑事実が確定した段階*7で「名誉を汚辱する行為があった」として取り消せればまだその方がマシなように思います。規則改定が必要ですが、事後的に取り消すものなので、不利益処分の遡及適用ではない、と言う余地もあるでしょう*8。もっとも、事実の判明が学位の授与後なのかどうかという点で疑義なしとしませんが…。。*9

今回の千葉大学の対応は、記事執筆時点では以下の通りです。

 3月29日(火)、工学部の教授会において、本学の「学位授与の方針」では、社会規範の遵守を求めているところ、当該学生の行動は懲戒処分事由が疑われ再考の必要があるため、一旦、卒業認定及び学位授与を取り消し、卒業を留保することを決定しました。
 また、本学は同日、学生懲戒委員会を設置しました。今後は、捜査等のゆくえをまって、当該学生の処分について、検討していく予定です。
 なお、千葉大学学則第14条により、「学年は、4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる。」とされており、当該学生の大学における学籍は、「3月31日」まで存続しています。
本学の学生による不祥事への対応について|ニュース・イベント情報|国立大学法人 千葉大学|Chiba University

こう書かれると、「学位授与の方針」が処分の根拠条文のようにも見えるところ、これはあくまで(ディプロマ・ポリシーとも言われるように)ポリシー(倫理規範)でしかなくて、不利益処分の根拠にはならないような気がするのですが…。。
それはとりあえず措くとして、3/31までは在籍していると解釈して懲戒審査を開始するというのは、ウルトラC的ではありますが、ギリギリ間に合ったか、という感じです。一度「卒業」してしまっているにもかかわらず、少なくとも時系列としては遡及して取り消し・留保というのはかなり気持ち悪いですが、適法なものとしてどうにか構成しうる限界事例、といった感じを受けます。

なお、当初報道では遡って停学等の処分とすることで在籍日数不足で卒業できず、というロジックも散見されましたが、さすがにこれは不利益処分の遡及以外の何物でもなく、いくらなんでも無理筋であったと思われます。

また、一部報道で「これで(3月に卒業できないので)留年が決まった」というのを見ましたが*10、あくまで卒業の留保であって、もし懲戒審査終了後に退学相当でないとなった場合には、遡ってかその時点かは別として、しかるべき時期に卒業するのでしょうから、留年という表現は若干違和感を覚えます。
もっとも、千葉大卒業取り消し 事実上の留年、処分検討 埼玉少女誘拐寺内容疑者 | 千葉日報オンラインによれば「事実上の留年」「4月からは休学扱い」とのことなので、今回の扱いとしては、仮に卒業するとしても審査終了後、ということなのでしょうか。学籍を残すのはやむを得ないとして、懲戒審査終了後の扱いは本来慎重に検討すべき事項のように思います*11


そもそも事例自体が相当限界事例な感じがするところ、時間のない中で千葉大としてもいろんな判断を迫られたのだろうなあとは思います。もっとも、そこまでして卒業を留保する必要が本当にあったのか、とも思うのですが。

*1:学校教育法11条

*2:学校教育法施行規則26条

*3:学習環境の整備(のための非違行為者への制裁)とかも含めた広い意味で

*4:非違行為者を「学生…としての本分に反した者」で読むことについては特に問題ないかと

*5:推定無罪原則は措いておきますよ(大事なことなので二回ry)

*6:一部省略

*7:私見では必ずしも判決確定ではなく、しかるべき方法で本人の意思が確認できればそれでよいかと

*8:この点、FB記載内容から見解を改めたところ。なんて言うと偉そうですが…

*9:下記の千葉大の対応から行くと事実の判明は学位の授与前ということになるでしょうが、そちらの構成を取った場合はそもそも事後の取り消しの必要性はなくなります

*10:【女子生徒誘拐】容疑者の留年決定 千葉大学が卒業認定を取消しなど

*11:仮想事例ですが、本人が当初より否認していて、結局懲戒相当でないとなった場合にどうするか、など。