高山佳奈子先生の記事に関連して国立大学法人の制度についてちょっと考えてみる

京都大学法学部教授(刑法)であり一部方面ではコスプレ等で有名でもいらっしゃる高山佳奈子先生が、給与明細を(ずいぶん前に)blogに公開したのが(いまさら)炎上しているようです。
産経デジタルのiRONNAが本人の「手記」を含めて特集を組んでいますが、どれも面白いので、読むのであれば4記事すべてを読むことをおすすめします。京大教授の年収940万円は安すぎる?

給与の高低それ自体についてはあまり触れませんが(高山先生もそれを言いたいわけではないのだと思いますし)、いくつか面白い(というのが適当かどうかわかりませんが)ポイントがあるので、高山先生の「手記」の一部を引用しつつ、関係する論点を紹介してみたいと思います。


まずは運営費交付金と私学助成から見てみましょう。

現在、私の所属する京都大学では、収入に占めるこの「運営費交付金」の割合は約3割にまで低下している。これは、かつての有力私大における「私学助成金」の割合とほぼ同等である。「国立」大学とは名ばかりで、実際には教職員は公務員ではないし、経営も民間型に変えられてきているのである。しかも、私大でも私学助成金は削減されている。全国の公立大学も国立大学と同様の経過をたどったところが多いが、特定の専門分野の大学を除き、国立大よりもはるかに苦しい経営を強いられている。

運営費交付金比率を考えるとき、附属病院関係を含めるかどうかで比率が大きく変わってきます(規模が大きくて病院のある大学とない大学で全然違う数字になってしまうのと、大まかには支出と収入が対応しているので、この手の分析をするときは取っ払うのがお約束のように思われます)。ちょっと探して見つけたちょうどいい資料*1教育再生会議の資料のよう)でもやはり病院抜きでの議論をしているので、まずは比較できるように数字を直してみたいと思います。
(旧国立大学財務・経営センターの分析では、旧帝国大学附属病院を有する総合大学、附属病院を有しない総合大学、理工系大学、文科系大学、医科系大学、教育系大学、大学院大学という分類がよく使われていました*2。)

京都大学の運営費交付金比率は34%ですが、病院抜きで計算すると43%となります*3
京都大学ファイナンシャルリポート2015
国立大学全体では、先ほどの教育再生会議資料で運営費交付金収益が1兆100億、学生納付金収益が3400億、寄附金収益、競争的資金等が5500億とのことなので、53%が運営費交付金比率となります。
一方、私学助成(経常経費に占める経常費補助金の額の割合)は、これも教育再生会議資料によれば10.3%*4。たしかに昭和55年頃のピーク時には29.5%を占めていたのですが、ここ30年ほど、緩やかに減少しながら10%前半を維持しているというのが現状です(ここでの私学助成関係の数値は資料左下の注釈にあるように、すべて附属病院を含まない数値)。
つまり、ピーク時(35年前)の私学助成の比率と、附属病院収入を含めた京大の現在の収入における運営費交付金比率はそれなりに近いのですが、若干ミスリーディングな議論ではあるように思います(高山先生も「かつての有力私大における」と書いていらっしゃいますし、病院についてはおそらくご存じないのでしょう)。もっとも、国立と言っても大規模研究大学では*5病院を控除しても運営費交付金比率がすでに半分以下である、という点は変わりません。アメリカでは「州立」と称しつつ州からの補助金が1桁パーセント、という例もあるので、下?を見れば限りはないのですが…


次に、職員の待遇について。

もう1つ教員の給与以前の深刻な問題として、職員の使い捨てと待遇がある。2004年以降、常勤職員は大幅に削減され、従来職員が担当していた作業を教員がするようになり、非常勤職員や派遣職員が重大な職務を任されるようになった。現在、京都大学では、事務職員の大多数がこれらの人々によって占められている。

そして、非常勤の時間雇用職員においては、経験を積んで高い業務能力を備えた人材が次々に5年で雇用を打ち切られる「5年雇止め」の対象となり、新規の契約では交通費がカットされ時間給にも反映されないという問題が起きている。しかもこれらの方々の多くは、そもそもの年収が200万円台に抑えられている。教員の賃上げどころの話ではない。私は京都大学職員組合の役員をしており、組合が大学法人に対する団体交渉において、こうした方々の雇用継続や、極端な低賃金の是正を優先課題にしていることはいうまでもない。

2004年というのは、国立大学が法人化された年です。定員削減は以前からもあったはずですが、法人化以降しばらくも政府の「総人件費改革」の下、法人化されたはずなのに*6国立大学においても定員削減が進められました。法人化前の事情はあまり詳しくありませんが、おそらくその前後を通して、教員はなるべく削らず、その分職員を削減してきたため、教員の支援業務が十分に行えなくなってきていることは想像に難くありません(どこかでそういうグラフを見た気がするのですが見つからず)。その結果、非常勤職員や派遣職員が増加し、本来そのような方にお任せすべきでないような仕事まで任せざるを得ない状況になっているというのは、大なり小なり国立大学共通の状況であるように思われます。
「5年雇止め」というのも、労働契約法で明文化されたいわゆる「雇止めの法理」から潜脱*7するための手段として、国立大学では一般に行われているかと思います。交通費がカットというのは聞いたことがありませんが…。。
経営側としてはお金がないからしょうがない、ということなのでしょうが、重要な仕事までこうした方にお任せせざるを得ないというのはやはり健全な状態とは言えないでしょうし、最低賃金が改正されるたびに非常勤職員の給与表の最低部分が消えていくレベルの給与というのも、これまた健全とは言いがたい部分があろうかと思います。


そして最後に、給与の額の話(ただし職員メイン)。

現行法上、国立大学教職員は民間労働者と同じく労働契約法の適用対象であり、大学法人に雇用されている。したがって、その給与は労使交渉の中で決まることが原則である。ただし、私学助成金の割合よりは高い割合で国の資金を受けているため、独立行政法人通則法も準用されている。

同法は、給与が「国家公務員の給与等、民間企業の給与等、当該……法人の業務の実績並びに職員の職務の特性及び雇用形態その他の事情を考慮して定めなければならない」としており、これについての基本方針を定めた閣議決定の解説によれば、「国家公務員との比較に加え、当該法人と就職希望者が競合する業種に属する民間事業者等の給与水準との比較など、当該法人が必要な人材を確保するために当該水準とすることが必要である旨をその職務の特性を踏まえながら説明するものとする」とされている。

つまり、ここにいう民間事業者である私立大学からかけ離れた水準まで「上がらないように」することが求められている。現状はその逆で、私大どころか、国家公務員と比較しても低い給与水準になっている(ラスパイレス指数)。人材流出は教授だけでなく職員においても生じている。

独法通則法については、特集の別記事で高橋洋一先生が指摘されていた「引用条文が違う」というのはむしろ高橋先生が誤って行政執行法人の適用条文を引用されているので高山先生の方が正しいのですが、京大のラスパイレス指数*8(もどき*9)を見ると、教員はかろうじて国家公務員を超えています(教育職員(大学教員)と国家公務員との給与水準の比較指標 101.7)。*10
職員についても、年齢勘案のラスパイレス指数で95.1と国家公務員より5%低い程度ですが、年齢・地域・学歴を勘案すると98.6となり、国家公務員には届かないものの、あまり遜色のない水準と言えるのではないでしょうか。ちなみに東大は年齢勘案では96.5ですが、年齢地域学歴勘案では86.1*11まで下がり、よくまあこれでまともな人材を確保できているものだなあと思わされます*12

なお、高橋先生は賃金構造基本統計調査の「大学教授」の額やアメリカの例を引いて、

以上、日本の大学教授の給与について、日本の他の職種との関係、アメリカの大学教授の給与との関係をみてきた。あくまで、統計数字で出てくるものは平均的な姿である。それらを見る限り、日本の大学教授の給与は、高すぎる、低すぎるというものではなく、まあまあというものだろう。

大学教授は財務省よりはるかに楽 副業で稼げる時間の余裕はある
と結論づけています。(しかしこのタイトル、MOFと比べんなよ、と思うのは私だけでしょうか…)

個人的には京大教授だから1000万くらいもらってるのかなーと思っていたので、思ったよりは少ない額でしたが*13、まあそんなものか、という範疇の額ではあろうかと思います。
そしてそれ以上に、先生の議論の本質はむしろ職員、特に非正規の職員の待遇にあるように思うのですよね。もちろん給与がすべてではないですし、非常勤職員は(少なくとも本来は)いわゆるパートに近い存在なので、低賃金であること自体が必ずしも批判されるべきこととは限らないのかもしれません*14。雇止めを設けるに至った背景についても聞いたことがあり、それ自体はある程度は首肯できる話ではありました(ここには書きませんが)。でも、理由があるからといって非常勤職員さんに一方的に負担を押しつけるのが適当かという議論は行われるべきと思いますし、ましてやそうした存在の方に重要な仕事をお願いするのは、あるべき姿ではないでしょう。
というわけで、高山先生の「手記」の中でもそのへんに焦点を当てつつ、国立大学の制度の一端をご紹介してみました。

*1:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/bunka/dai3/dai1/siryou4.pdf

*2:参考:http://www.zam.go.jp/n00/pdf/ng003001.pdf

*3:キャッシュフローベース(実収入額)でやるべきか損益計算書ベース(損益計上額)でやるべきかは微妙ながら、今回は教育再生会議資料にあわせて損益計算書ベースとします。この違いについて話し出すと馬脚を現す長くなるので省略

*4:左側のグラフ?表?で計算すると10.6%になりますが、この差は「等」に含まれるGPとかの補助金でしょうか

*5:ほかの収入は学費や競争的研究資金なので、小規模文系・教育大になるほどに運営費交付金比率が上がります

*6:もっとも人件費の原資はほとんど運営費交付金=税金なのですが

*7:と、大学側は言わないでしょうけども…

*8:ラスパイレス指数 - Wikipedia

*9:教育職員については、本来比較対象となるべき教育職(一)の国家公務員が法人化以降は(ほとんど)いないため、「法人化前の国の教育職(一)と行政職(一)の年収比率を基礎に、平成26年度の教育職員(大学教員)と国の行政職(一)の年収比率を比較して算出した指数」を用いています

*10:http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/publication/disclosure/documents/guide/guide_h26.pdf

*11:http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400032641.pdf

*12:まあ、本当にまともな人材がいるのか、という議論はあり得ましょうが以下略

*13:1000万が適当であるとか、そういう話をしているわけではありません

*14:ここは難しいところですが…私はそういうニーズもあると認識していますが、とはいえ給料を多くもらうのが困るというのは、扶養がらみの話を除けば基本的にはないですよね