Title IXと性的暴行被害と合衆国連邦政府の役割、翻ってアメリカの高等教育

Legal Issuesの授業に向けてTitle IXについて予習をしていたら、その最中にtimely warningsとしてsexual assault(性的暴行)が発生した、というメールが何通かやってきて、うーむ、と思っていたところです*1
つらつら書いていたらずいぶん長くなってしまいましたが、中身はタイトルの通り、そして結論はアメリカの強みは多様性にあり、ということです。


Title IXというのは、"Education Amendments of 1972"で制定された、連邦政府からの補助金を受けている教育機関において、性別による差別を禁止した連邦法です。

No person in the United States shall, on the basis of sex, be excluded from participation in, be denied the benefits of, or be subjected to discrimination under any education program or activity receiving Federal financial assistance.*2
(へたっぴな仮訳)合衆国内における何人も、連邦政府から財政援助を受ける教育プログラム又は活動の範疇において、性別によって参加を排斥され、利益の享受を拒まれ、又は差別を受けることはない。

その名の通り制定は1972年なのですが、2011年に連邦教育省が公表したDear Colleague Letterが学外での性的暴力も対象になると明言し、しかもその表現に"shall"や"must"*3が使われていた*4ため、大学での積極的な取り組みが進むようになったようです。さらに2013年にもDCLが公表され、各大学により厳格な通報者保護等の対応を求めるようになり、教育現場はその対応に追われて「パニックに陥った」とのこと*5

これらの背景には、University of Montanaでの性的暴行事件*6などを受け、大学における適切な対応を求める声が高まっていたことが考えられます*7
条文を読むと必ずしもsexual violence云々、という話ではないのですが、それに起因してほかの学生と同じ条件で教育を受けることができないこと(加害者に対する恐怖や事件に対するトラウマの影響等)は、教育への参加を制限されていたり、同じ利益を享受できていないと解釈する、ということなのだと思います。
DCLで解釈がドラスティックに変わってしまうというのも興味深いところではありますが、こうした取組が必ずしも大学の自発的な取組によるものではなく、連邦政府主導で行われているという点に着目してみたいと思います。

ここで、連邦制度について少し触れておきます。
日本人からしてみると、アメリカの各州は都道府県みたいなものだと思ってしまいがちなのですが、アメリカの州はおのおの三権分立の仕組み(知事や議会はともかく、州独自の裁判所制度も存在しています)を持っています。そのため、むしろそれぞれの州が独立した国であり、50の国が集まって、その権力の一部を連邦政府に委譲してアメリカ合衆国という国が成立している、と考えた方が実態により近い感覚で考えられるかと思います*8。その50の州=国をまとめる根本の文書がアメリカ合衆国憲法であり、連邦政府の権限は外交や軍事、対外・州際通商、貨幣発行、郵便等、合衆国憲法第8条に限定列挙されており、明記のない権限は各州に留保されていると考えられています。
そして教育は、この限定列挙には含まれていない、すなわち、各州がその権限を留保している領域です。公立大学は全て州立(もしくはそれ以下の単位)大学であり、軍関係の高等教育機関を除けば、アメリカ合衆国に「国立大学」は存在しません。
一方で、連邦政府は「教育省」を持っているし、Title IXで見られるような規制権限めいたものも実質的には保持しています。これは、条文にある"receiving Federal financial assistance"という点にからくりがありました。
いくら直接的な権限がないとはいっても、連邦政府は様々な分野で補助金を交付しています。教育もその一部…というか、連邦政府が基本的には権限を持っていない教育分野において、教育省の権限は補助金を配ることに全てのベースがある、といっても過言ではないかもしれません(もちろんその上で様々な規制をかけていくのですが)。
"receiving Federal financial assistance"には連邦政府奨学金も含まれるため、実質的に全ての高等教育機関(一部の怪しい大学は含まれないのかもしれませんが)がTitle IXの対象となります*9。なお、冒頭でご紹介したtimely warningsというのはTitle IXとはまた別の連邦法で、大学は学生・教職員への脅威となり得る犯罪について適宜情報提供しないといけないというClery Actに基づくものですが、これも同様のスキームです。

さて、ではなぜそんなにsexual assaultを騒いでいるのかというと、「5人に1人の女子学生が性的暴行の被害に遭っている」というデータが示されているから、であるように思われます。
たとえばUSA Todayの記事によれば、AAU(アメリカ大学協会)が2015年9月に公表したレポートでは、27大学15万人を対象に実施した調査で、23%の女子学生が入学以来、何らかの性的暴行の被害を受けたと回答しています*10Controversial 1-in-5 sexual assault statistic validated in new national survey | News for College Students | USA TODAY College
このすべてがいわゆるレイプというわけではありませんし(あんまり書くと生々しいので、詳しくは上記記事の下の方にあるグラフをご参照ください)、日本に比べるとその定義が広いというか徹底しているという側面もあるのでしょうが(たとえばパートナー同士であっても、同意を得ずに性的行為を行えばsexual assaultです)、それにしても驚きの数字ではないでしょうか(もっとも、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」によれば日本人の場合でも、女性の6.5%はレイプされた経験があるそうですが…男女間における暴力に関する調査 報告書*11。ただし「在学中の経験の有無」と「これまでの経験の有無」である点に留意)。

ホワイトハウスでも、2014年に"White House Task Force to Protect Students From Sexual Assault"というタスクフォースを立ち上げ、3カ月で"Not Alone"という報告書を公表したほか、同名のウェブサイトも立ち上げています。これにあわせ、教育省からはQuestions and Answers on Title IX and Sexual ViolenceというQ&Aも出されています。
細かく触れると長くなる…というか、教科書の引き写しくらいしかできなくなってしまうのでTitle IXについてはこのくらいにしておきますが、こうしたしっかりした対応も、必ずしも大学発でなく、連邦政府主導であるということは認識しておいてもいいのかな、と思います。

日本ではアメリカの高等教育を成功事例と見る向きが多いのではないかと思いますが(私も最初はそう思っていましたし、いまも半分はそう思っています。後述)、sexual assaultや授業料高騰・学生ローン、高い退学率や卒業後の進路の不透明さなど、アメリカの高等教育セクターも様々な問題を抱えています。むしろ問題だらけといった方がいいかもしれません。そしてその解決策も、大学主導というよりはむしろ政治主導で行われる傾向がある*12ことについても留意する必要があろうかと思います。
アメリカの大学には専門職がたくさんいて、Student Affairsはじめ、様々な分野で先進的な取組を行っている、と思いがちですが、その背景にはそれだけ対策しなければいけない問題が山積していたりだとか、政府による、非常に細かいところまでの規制があったりだとか、そういう背景についても見逃してはいけないと思うのです。
とはいえ、アメリカの強みはその多様性にあり、その部分はいまだに強靱であるとも思っています。StanfordのRichard Scott教授はHigher Education in America: An Institutional Field Approachという論文*13の中で、カーネギー財団の分類によればアメリカの高等教育機関が次のように分類できるとしています。

1. Associate Degree (public or nonprofit) (準学士−公立・非営利私立)30%
2. Associate Degree (for-profit) (準学士-営利)12%
3. Research Universities (including doctoral-granting institutions) (研究大学(博士授与機関)) 7%
4. Comprehensive Colleges (Master’s Colleges and Universities) (総合大学(修士授与大学)) 15%
5. Baccalaureate Colleges (liberal-arts colleges) (リベラルアーツカレッジ(学士授与大学)) 18%
6. Special Focus Institutions (e.g., theological, medical, business, engineering, law, art) (専門大学(宗教、医学、商学、工学、法学、芸術))19%*14

その上でHannan & Freeman*15のGeneralistとSpecialistの概念を援用し、Generalistsが多様な要望に応えるべく様々な内部構造と多くのspecialized programsを持ち、多様かつ変わりゆく環境に対応していけるのに対し、Specialistsは得意分野に注力し、その分野ではGeneralistsを凌ぐと指摘しています (Scott, 2010, p. 8)。さらに、こうした様々な機関の存在が学生にとっては多様な教育を、教職員にとっては多様なキャリアパスを提供し、学生にとっては一カ所でドロップアウトしてもまたやり直すことができる構造になっているとともに、こうした多様性が衝突や難局を生み出す一方、力強さの源泉でもあるともしています (Scott, 2010, p. 55)。

Cultural and structural diversity in higher education are essential for serving the needs of a large, differentiated, and rapidly changing society. Multiple institutional frameworks provide numerous roadblocks but also varied levers for change.*16

これを読んで、アメリカがなんだかんだいって(高等教育に限らず)強いのは、こうした多様性が担保されているからなのではないか、と思わされました。これを維持するためには社会に相応のニーズが必要であって…とか考えていると堂々巡りになってしまいそうですが。。

*1:被害者の意向等もあり、具体的な日時が明らかにされない場合も多いので、必ずしも最近増えている、というわけではないのですが。

*2:20 U.S.C. § 1681 (2013)

*3:法令用語日英標準対訳辞書(平成27年3月改訂版)によれば、いずれも「しなければならない」

*4:その前はせいぜいshouldくらいだったのでしょうか

*5:Jeffrey C. Sun, Lynn Rossi Scott, Brian A. Sponsler, N. (2013). Understanding Campus Obligations for Student-to-Student Sexual Harassment: Guidance for Student Affairs Professionals. LEGAL LINKS: Connecting Student Affairs and Law, 1(1), 1–23.

*6:http://www.huffingtonpost.com/news/university-of-montana-rape/

*7:ところで、こういうのを、政策学?の世界ではpolicy windowが開いた、と言うようです

*8:そのため、日本から知事=governorが表敬訪問すると、自分たちの知事と同格者=一国の元首がやってきたかのように歓迎されてびっくりする、という話も聞いたことがあります

*9:ちなみに、IPEDSのデータ報告義務も同じようなスキームで義務を課して、公表しないと補助金出さない、としているようです

*10:男子学生は4%

*11:個人的には、この質問に限り、なぜ対象を女性に限定しているのかとは思いますが…

*12:政治主導でできるだけいい、のかもしれませんが…

*13:Scott, W. R. (2010). Higher Education in America: An Institutional Field Approach

*14:Scott, 2010, p.7

*15:Hannan, M. T., & Freeman, J. (1977). The Population Ecology of Organizations. American Journal of Sociology, 82(5), 929–964. http://doi.org/10.1086/226424

*16:Scott, 2010, p. 55