北朝鮮に対するベルヌ条約不適用判決について
標記の件、最高裁判決*1が出たということで、いろんなところで硬軟織り交ぜた反応wが見られるようです。
判決文を読んでいて、ちょっと「あれ?」と思ったので、備忘録的にベルヌ条約原文*2にもあたりつつ、検討の真似事をしてみたいと思います。しょせんフランス語はもはやすっかり忘れた学士(あ法学)の言うことですので、変なこと言ってたらお許しくださいませ。
最高裁判決では次のように判示しています。
一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。
これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。
我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。
後段は国内手続きの問題なので告示がない以上効力がないという主張の余地があるにせよ、ベルヌ条約の解釈についてはちょっと微妙ではないかという気が。
というわけで原文を検討してみましょう…と思ったら原文フランス語だったorz まあ、MOFA公定訳もあるので、がんばって読み解いてみたいと思います。
Convention de Berne pour la protection des œuvres littéraires et artistiques
Article premier
Constitution d’une Union
Les pays auxquels s’applique la présente Convention sont constitués à l’état d’Union pour la protection des droits des auteurs sur leurs œuvres littéraires et artistiques.
「この条約が適用される国は、文学的及び美術的著作物に関する著作者の権利の保護のための同盟を形成する。」(外務省公定訳。以下翻訳文の「」につき同じ)
として、l’état d’Unionを「同盟」としています。
そして判決文が引用する第3条については、
Article 3
(1) Sont protégés en vertu de la présente Convention:
(a) les auteurs ressortissant à l’un des pays de l’Union, pour leurs œuvres, publiées ou non;
(b) les auteurs ne ressortissant pas à l’un des pays de l’Union, pour les œuvres qu’ils publient pour la première fois dans l’un de ces pays ou simultanément dans un pays étranger à l’Union et dans un pays de l’Union.
「(1)次の者は、次の著作物について、この条約によつて保護される。
(a)いずれかの同盟国の国民である著作者 その著作物(発行されているかどうかを問わない。)
(b)いずれの同盟国の国民でもない著作者 その著作物のうち、いずれかの同盟国において最初に発行されたもの並びに同盟に属しない国及びいずれかの同盟国において同時に発行されたもの」
「同盟国」はpays de l'Unionなので、第1条と照らすと、「条約加盟国」と解するのが適当かと思われます。
この文面だけ見ると、一見最高裁判決は失当ではないかと思われるわけですが、ここで原判決を検討してみたいと思います*3。
原審において裁判所は、「日本国と北朝鮮との間におけるベルヌ条約に基づく権利義務関係の存否等」及び「我が国と台湾との間におけるTRIPS協定に基づく権利義務関係の存否等」について、必要な調査を外務省及び文部科学省に嘱託したとのこと。その回答が以下のとおりです。
外務省の回答:「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから,2003年に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの,北朝鮮についてはベルヌ条約上の通常の締約国との関係と同列に扱うことはできず,我が国は,北朝鮮の『国民』の著作物について,ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務をベルヌ条約により負うとは考えていない。他方で,多数国間条約のうち,締約国によって構成される国際社会(条約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項についてまで,北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないというわけではない。具体的にどの条約のどの条項がこれに当たるかについては,個別具体的に判断する必要がある。また,北朝鮮において我が国国民の著作物が保護されるか否かについては,北朝鮮法上の問題と考えられる。」
文部科学省の回答:「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから,2003年に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの,我が国は,北朝鮮の『国民』の著作物については,ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を負うとは考えておらず,著作権法における『条約によりわが国が保護の義務を負う著作物』ではない。… 北朝鮮において,我が国民の著作物が保護されないかどうかは,北朝鮮法における問題である。北朝鮮に限らず,外国においても可能な限り広く我が国の著作物が保護される方が望ましいものの,著作権は各国政府によって政策的に保護されるものであるので,必ずしも保護されるとは限らない。」
ということで、最高裁判決においては北朝鮮を(ベルヌ条約を締結しているにもかかわらず)条約にいう同盟国として扱わない、ということではなくて、国家未承認の状態において、ほかの承認国家と一概に同列に置くことはできない、と判示しているとみるのが適切、と言えるでしょうか。
この点、やや曖昧な部分もあるのですが、当該解釈も含め、名古屋大学の横溝教授の評釈が私には一番しっくり来ました。http://www.juris.hokudai.ac.jp/gcoe/journal/IP_vol21/21_8.pdf
あと、北朝鮮は日本より後に加盟していますので、そのあたりの扱いを確認してみようかと思ったところ、第32条2項で「同盟に属しない国でこの条約の締約国となるもの」なんて文言が出てきて、もうわけわかめであります。横溝評釈のとおり、paysとétatの区別のあたりがキモなのかもしれません。
Les pays étrangers à l’Union qui deviennent parties au présent Acte l’appliquent, sous réserve des dispositions de l’alinéa
という、もはやなんの役にも立たない自己満足エントリになってしまいました…
慣れないことはするもんじゃありませんね。でも、ひさびさに条文やフランス語を読んで、それはそれで楽しかったですw