安倍発言と専門学校と日本における「高等教育」の定義〜ISCEDの視点から

どうせid:samidaretaro氏が書いているだろうと思ったら案の定先に書いてたんで書く気を失っていましたがw、ちょっと別の観点から書いてみようかと思います。
専門学校への支援に思う 〜大学の在り方、職業教育の在り方〜 - 大学職員の書き散らかしBLOG


この間、OECDの閣僚理事会でえらい人が高等教育についてずいぶんなことをおっしゃってたらしいんですが(強調は筆者による)、

 日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。

平成26年5月6日 OECD閣僚理事会 安倍内閣総理大臣基調演説 | 平成26年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ
個人的には「単線型」「複線型」「職業教育」というところに目を惹かれ、強調部分については最初スルーしていたくらいでした(たぶん、脳内で勝手に「だけでなく」と置換していたんでしょう)。

で、強調部分については意図が奈辺にあるか不明なのでとりあえず触れないことにしておきますが*1 *2、この話で、ISCEDというUNESCOの分類を思い出しました*3んで御紹介までに。

さて、ISCED*4とはInternational Standard Classification of Education、日本語にすると国際標準教育分類、といった感じでしょうか。教育制度は国により様々なので、国際比較をするときに統一して把握できるよう、標準化したクラスを設けて各国の制度をそれぞれに分類してみましょう、という試み?制度?です。

大枠では次のように分類されています*5
ISCED level 0 – Pre-primary education(就学前教育;幼稚園など)
ISCED level 1 – Primary education or first stage of basic education(初等教育又は基礎教育第1期;小学校)
ISCED level 2 – Lower secondary or second stage of basic education(前期中等教育又は基礎教育第2期;中学校)
ISCED level 3 – (Upper) secondary education(後期中等教育;高校)
ISCED level 4 – Post-secondary non-tertiary education(中等後非高等教育)
ISCED level 5 – First stage of tertiary education(高等教育第1期)
ISCED level 6 – Second stage of tertiary education(高等教育第2期)

レベル0〜3はわりとわかりやすいと思いますが、4以上については「はて?」と思われる方も多いかと思います。逆に、高専とか専門学校はどうなるの?という疑問も出てくるでしょう(というか、自分で書いててさてどこに入るんだっけか、という感じです。笑)。
いちばん手っ取り早いのはマッピング(対応表)を見ていただくことですので、さっそく見てまいりましょう。
http://www.uis.unesco.org/Education/ISCEDMappings/Documents/East%20Asia%20and%20the%20Pacific/Japan_ISCED_mapping.xls

3列目のISCED levelがさきほど見た1〜6のレベル、10列目にローマ字書きの種別があります。
それから、4列目にはProgramme destination(修了後の進路の方向性という感じでしょうか)、5列目にはProgramme orientation(当該課程の性格?)というのがあります。destinationの方は、とてもざっくり言うとA<B<Cの順に労働市場に近い*6、orientationの方はGが一般教育(General)、Pが職業/専門準備教育(Pre-vocational or pre-technical)、Vが職業/専門教育(Vocational or technical)という定義です。

さて、ここで「専門学校とはなんぞや」という点についてちょっと考えてみたいと思います。といってもこれだけでは発散してしまいますので、専門学校は高等教育に含まれるのか否かに絞りましょう。もちろん、「定義による」と言ってしまえばそれまでなのですが、「専門学校は職業教育なのだから、高等教育には含まれない」と考える方が多いのではないでしょうか。
文部科学省でも専門学校の所管は生涯学習政策局となっており*7、高等教育を所管する高等教育局の領分とはなっていません(他方、高等専門学校は高等教育局の所管です)。

しかし、ISCEDでどうなっているかというと、専門学校はレベル5B。簡単に言うと、実践的な教育を行う*8「高等教育」という分類にあたります*9

ISCEDの考え方では、中等教育よりもより進んだ内容であるものをtertiary educationとしています。より具体的なクライテリアとしては、入学要件が後期中等教育修了であり、少なくとも2年間の学修が必要としています。
(このため、高専も「最後の2年間は5Bである」という注釈がついています。高専はISCEDのレベルを架橋する、国際的に見てもユニークな存在と言えるかもしれません)


このように見ると、日本では職業教育は高等教育ではないかの如く扱われているわけですが、むしろ国際標準では中等教育の先にあればその目的の如何に関わらず「高等教育」と分類されています*10。そうすると、日本の高等教育って「モノカルチャー」どころか、相当複線的になっているし、それはかなり成功してきていると思うんですよね。
むしろ、総理すらそう指摘するように、専門学校セクターが「高等教育」と見なされない現状こそを打破する必要があるのかもしれません(もしかしたら、総理がそこまで考えて発言した、という可能性もありますが)。その先に何が見えてくるかはよくわかりませんし、それが「斬新な発想」につながるかも、定かではありませんが*11、なんにしても多様性が高まることは悪いことではないよな、と思います。

「高等教育」に違和感があるのであれば、高等教育と高度専門教育を包含する「第三期教育」*12という考えを導入するというのも手かもしれませんが、これは高等教育を高等教育の枠に閉じ込めたままという点で、いささか分が悪いような気もしますね。


さて、そういえばISCED4について触れておりませんでしたが、これはマッピングによれば高校の専攻科や大学別科が該当するようです。と聞いてもぱっと浮かぶものがないかもしれませんが(私も大学の留学生別科くらいしか思いつきません)、専攻科の方では看護師養成課程なんかが該当するようです。鳥取で予備校代わりの専攻科を廃止するしないで騒ぎになったこともありましたね*13
このへんもなかなか奥が深そうですが、調べたこと以上のことは書けなさそう*14なのであまり追究しないことにいたします。

あと、5と6の違いについてはマッピングでは修士専門職学位までが5、博士が6となっています。
6は研究型の内容、論文執筆が必須、修了者は教員や研究ポストに就く前提、となっていますので、学士と修士は同じ5レベルということになっています。ここも日本からするとちょっと違和感あるところかもしれませんが、ISCED2011では学士、修士、博士がそれぞれ別レベルと定義されたこともあり、追って書きたくなったら深追いすることにしたいと思います*15



なお、専門学校についてはそれこそid:samidaretaro氏の専門領域ですので、ご興味ある方は氏のblogもご覧くださいませ。
専門学校に思う 〜高等教育研究の隙間〜 - 大学職員の書き散らかしBLOG



参考:
ISCED 1997(分類の定義。英語・PDF注意)
http://www.uis.unesco.org/Library/Documents/isced97-en.pdf
ISCED
UNESCO UIS

*1:とある識者によれば「いかにもOECD経済局が好きそうなセリフばっか」だとか

*2:ついでにいうと「モノカルチャー型」の意図や当否についても触れません…

*3:かつてこれの分類表の更新作業の一端を担った記憶ががが

*4:たしかMEXTの調査企画課(当時)の方は「イスケッド」と読んでいた気がします

*5:ISCED1997による分類。ISCED2011も存在するが、マッピングの公表資料がなかったので割愛。

*6:正確には修了後の進路により分類されるので、あくまでイメージです

*7:専門学校のみを設置する学校法人の所轄庁は都道府県知事

*8:"practical/technical/occupationally specific programmes"

*9:ちなみにAとBのクライテリアについては、基準自体が「国によっても違い、一律には定められない」なんて書いてます(笑 "As the organizational structure of tertiary education programmes varies greatly across countries, no single criterion can be used to define boundaries between ISCED 5A and ISCED 5B."

*10:この点、ISCEDがそう分類していることをもってそれが国際標準と言えるかについては議論の余地がありそうですが、筆者には比較教育学の知見もないことですのでとりあえず措きます。

*11:大学業界の末端を汚すものとしては、イノベーションとやらはいちばんとんがって、「世界の限界」をひっかいている限界領域から生まれるのだと思ってはいますけれど

*12:もちろん、tertiary educationの直訳

*13:くわしくはWikipediaをどうぞ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%82%E6%94%BB%E7%A7%91

*14:本稿自体も「ちょっと仕事で関わったことある」だけで、あとはほとんど調べ書きですけどね

*15:たぶん深追いしないのでメモ書きとして。学士+修士が5レベルというのは、リベラルアーツ教育と高度専門教育が揃ってセットだという欧米的?発想にあるのかも、と思ったりいたします。